【山口ともさんが廃品楽器奏者になったわけ】
 ここ数年、僕は街で拾ってきた ゴミ に手を加えてオリジナル の楽器をつくっている。きっかけは95年に参加した音楽劇 『銀河鉄道の夜』 (原作 宮沢賢治)。
ここ数年、僕は街で拾ってきた ゴミ に手を加えてオリジナル の楽器をつくっている。きっかけは95年に参加した音楽劇 『銀河鉄道の夜』 (原作 宮沢賢治)。
宇宙的な音を要求され、 概製の楽器ではどうしても思った通りの音が出せず、
それならば 自分で楽器を作って見よう と思った。 98年に日本で行われたパーカッションフェスティバルで N.Y.のパーカッショングループ 『パルス』 と共演し、 彼らに招かれて99年の2月に渡米した。
フェスティバルで僕がやったのは、 両足に一斗缶を履き、両手にデッキブラシを持ち、手と足で床を打ち鳴らし、 歩きながらリズムを出すといったパフォーマンスだった。
N.Y.ではクイーンズカレッジの マスタークラスの生徒たちの前でパフォーマンスをしてきた。 生徒たちは僕の作った楽器を興味深く見てくれて、 僕はとても嬉しかった。
 僕は ”音楽=音を楽しむこと” と思っている。
決して音を楽しむことを忘れてはいけない、
 自分自身が音楽を楽しんでいなければ、
それを聴きにきてくれた人を楽しませたり、
 気持ちよくさせることができないと思う。
 僕は子供から老人まで楽しめる言葉のいらない音楽 を目指している。
 頭で難しく考える音楽よりも、単純に目や耳で楽しめる音楽のほうが僕は好きだ。
 音楽を楽しむということは 世界共通 だと思う。ゴミから生まれる僕の 音の世界 を
是非世界中の子供達や大人達に楽しんでもらいたい。
山口 とも
 
								 
  
  
  
  
  
  
 